どうみても自分にしか見えない女性が、手にしたスマホの画面の中で、首輪をつけてセックスを懇願している。
彩月かれんは混乱した。
伸びやかな手足を持つスレンダーな身体。それでいてしっかりと主張のある乳房。しかし下品なほど大きくはなく、ツンと上を向いて屹立する乳首はむしろ、上品さを感じさせるくらいだった。そして、桃のようにまん丸の尻。それはいまにも、甘い香りが漂ってきそうだった。
動画をよく見ると、白く滑らかな肌が快感に耐えるように、小刻みに震えている。眉間には知性を感じられるが、花のような唇はすぼめたようにめくれ上がり、その中ではねっとりとした舌が、あきらかに性的なものを欲するようにうごめいている。
姿も声も、見れば見るほど自分にそっくりだ。でも、こんなに乱れたことはない。それに、そもそもセックスを誰かに撮られた覚えもない。
――これは私じゃない。
そう確信したいがために、かれんは動画に集中した。しかしそのせいで、かえって画面の中の行為を真剣に見ることになった。
この動画は、突然、送られてきたものだった。仕事を終え、帰宅して食事を済ませてちょうどリラックスしていたし、ちょっと前まで婚約者のタカシとやりとりをしていたから、つい反射的に開封して、再生してしまったのだ。
動画の中の女性は首輪をつけられて、まるで飼育されているようだった。しかしその瞳には熱情が伺えて、嫌がっているという感じではない。むしろ従順さと、これから起こることへの期待を表しているかのようにも見えた。
——自分でも記憶にない酔っ払った夜に撮られた? いや、そんなことあり得ない。
恐怖を感じ、かれんは画面を閉じた。心拍数が上昇し、頬が紅潮する。
――でもあの女性、私にそっくりだった。
かれんはもう一度、画面を開いた。そして勇気を振り絞って再生ボタンを押した。撮影者は相手の男性で、ちょうど膝立ちになって目の高さでカメラを構えている。画面の中のかれんは犬のように四つん這いになり、自分から腰を前後に動かしている。カメラはその映像をとらえていて、かれんの後頭部、背中、腰…と徐々に画面は下がっていく。そしてお尻が映されると、長く太めの陰茎が、かれんの中心部、つまり膣内にピストンされているのがよくわかる。かれんは尻肉を波打たせながら、男性の腰に自分の尻を、何度も打ち付けているのだった。驚いたのはそのたびに、溢れる愛液がローションのように陰茎にまとわりついていることだ。なにより膣が充分に潤っているのだろう、かれんが膣奥に陰茎を打ち付けるたびに、「ぱちゅん、ぱちゅん」という不思議な音が鳴り響いている。たっぷりと水をたたえた池に、何度も杭を打ち込むような音。それは、かれんがタカシとするセックスでは、聴いたことのなかった音だった。
――だけどこのセックス、何かがおかしい。
はじめはよくわからなかった。しかし、画面の中のかれんのセックスを真剣に見つめるうちに、普段のセックスとの違いに気づいた。男性は膝立ちのままで、まったく腰を動かしていないのだ。代わりにかれんが、まるで男性に性的な奉仕をするかのように、懸命に腰を動かしている。いや、実際そうなのだろう。かれんは男性に快楽を与えるために、四つん這いの雌犬のようなポーズをとって、自ら腰を動かしてピストン運動をしているのだ。しかし、その行為に興奮し、興奮を感じているのはむしろかれんのほうだった。だからこそあれだけの量の愛液が溢れ、いままで聞いたこともない、「ぱちゅん、ぱちゅん」という、なんとも淫猥な音まで響かせているのだ。
そんなことを思っていると、画面の中のかれんは振り向いた。
——雌犬みたい……
だらしなく舌を出し涎を垂らすその表情。それは発情した雌犬としか言いようがなかった。目にうっすらと涙を溜めながら、しかし媚びへつらうような表情をしている。
「お、お願いします……」
——お願い? お願いって? 何をお願いするの?
いつものかれんの、柔らくて芯のあるヴァイオリンのような声色ではなく、淫らな欲望に支配された、ざらついているれど、なまめかしい声だった。
「あっ……い、逝きそうなの……お願いします……い、逝かせてくださいっ……お願いっ!」
――なっ、なにこれ!私、こんなお願いなんてしたことない!!
こんな女性が自分だとは信じたくない。かれんは嫌悪した。しかし自分ではないことを確信する必要があった。だからこそ、映像から目を離すことはできなかった。
「ああぁっ……逝っちゃう…ごめんなさいっ……逝くっ!!!」
うぐっ……というようなくぐもった叫び声が響き渡ると、画面のかれんはそのままうつ伏せに倒れ込んだ。しかし肩で息をしながらすぐに起き上がり、男性のペニスにむしゃぶりついた。
「ふぇぇ、しゅ、しゅみましぇぇん……さ、先に逝っちゃったぁ……ごしゅじんしゃま……ごめんなしゃいぃ……」
男根にむしゃぶりつきながら、かれんは今度は謝罪をはじめた。そして焦点の合わない目で画面を見つめがら、じゅるじゅると音を立てて愛液と我慢汁を吸い取っていく。
「おひんひん……もっと、しゃぶらしぇてくらしゃい……ごしゅじんしゃまのおひんひん……とってもおいひいの……」
おそらくそう躾けられているのだろう。画面から目を離すことなく、そして陰茎にむしゃぶりつきながらかれんは謝罪と懇願を続けた。
——な、なにこれ……
かれんは寒気を感じた。しかし同時に、かれんの心の奥底では、未消化の感情が芽生えつつあった。
恐怖と混乱に混じる、かすかな興奮。
しかしその瞬間、画面は真っ暗になった。そしてすぐに、白抜きの大きな文字が表示された。
「今週の金曜日、21時、聖国ホテルの432x 号室」
かれんは息を呑んだ。それは間違いなく、彼女自身に向けられたメッセージだった。(続く)